痔ーだし暗い人

でっかくてふっとい無を肛門からひり出している

温もり

私は、今まで誰とも触れ合う事無く数十年も生きてきた。

文字通り誰とも触れ合う事無く、だ。

産まれてすぐに母は亡くなってしまい、児童養護施設で育った私は施設でも学校でも、そして就職して長く経った今でも、誰かに触った事も無ければ触られた事無い。

当然“人の温もり”すら知らずに生きてきた。

昔は、それをひどく悲しみ悩んだものだが、今となってはそんな感情すら消え希望に満ちていた。

 

十代の頃、以前こんな言葉を目にしたからである。

「袖振り合うも多生の縁」

どうやら、この世界では他人と袖が触れ合うような些細な事でも前世からの縁があるようなのだ。

ここで、ふと気付いたのだ。

きっと私は、前世などない人間なのだ、と。そして私は、今後も誰とも触れ合う事無く死んでいくのだ、と。

その事実に絶望した後、こんな気持ちが芽生えた。

いくら私を産んですぐ死んでしまったとはいえ、母と私は触れ合っているはず。

もし、私がこの先誰かと触れ合ったとしたら、それはきっと母の生まれ変わりなのではないか。

「袖振り合うも多生の縁」

前世が母である人間とは触れ合う事が出来る。

“人の温もり”を感じる事が出来る。

そう思うと、いてもたってもいられずすぐ飛び出し、母の生まれ変わりを探す旅に出た。

見付ける手段はとても難しい、何せどんな姿に生まれ変わっているか分からない。東洋人かもしれないし、欧米人かも、あるいはアフリカ人かもしれない。

あてのない旅ではあるが、誰とも触れ合ってこなかった孤独な人間が私だ。

ゆっくり探してもあまり変わらないように思えた。

代わりに、見付ける方法は簡単だ。

私と触れ合った者。それが、母なのだ。

そうして私は、全世界からまったくあてのない、ただ一人の意中の人間を探す旅を始めた。

 

そして、今だ。

様々な国を歩き、旅してきたが母の生まれ変わりを見付ける事が出来ず、かなりの時間が経ってしまっていた。

しかし、私の希望、母を見付ける熱意が消えた訳ではない。

底が尽きた旅の資金を稼ぐために日本へ戻ってきてはいるが、貯まり次第どこかへ向かうつもりだ。

今度はどこへ行こうか…おおよその国には行ってしまったから、もう一度同じ国々を周ってみようか…等と考えながら、日本での仕事である木の伐採に取りかかる。

今回は山一つの伐採を請け負ったので、時間はかかるがそれなりの収入にはなるだろう。

ただ、依頼人から聞いた話が気にかかる。

なんでも、この山には一つ小屋があり、そこには一人の男性が住んでいたのだそうだ。

とても汚い身なりで、凶暴であり、山に入った人間を斧を持って追いかけ回すのだそうだ。

しかし、最近は目撃情報も無くなり今がチャンスとばかりに伐採することにしたらしい。

そんな話もあって誰も請け負ってはくれなかったそうだが、噂では追いかけ回されるだけで、全員が無傷で逃げている事、そして何より私は誰とも触れ合えない人間であるため、大事にはならないだろうと請け負う事にしたのだ。

 

順調に仕事をこなしていると、一軒の小屋を見付けた。

これが噂の小屋か、と呟くと実際に発見してしまった事で沸々と恐怖心も湧き上がってくる。

突然出てきたらどうしようか、とチラチラ小屋を見ながら木を伐採していると、背後から声をかけられた。

「クラァ!!!ワシの山で何やっとんじゃアホンダラァ!!!」

驚いて、振り返ると一人の老人が斧を手に持ち立っていた。

地面まで届いているだろうか、という程の髪の毛と髭、そして髭に隠れて余り良く見えないが、腰蓑だけを身にまとい全身は垢で覆われているのか真っ黒だ。

何より顔に大きな瘤があり、おそらく右目はそれによって全く見えてはいないだろう。

「ヒッ…すみません、人に頼まれてこの山の伐採をしていたんです」

「ここはワシの山でぁ!!!ここから去れぇ!!」

「そういわれましても…仕事で…」

最初は、その余りの異形ぶりに恐怖したが、やはりどうせ触れられる事はないという安心感があり、逃げる事もなく応対してみせると、老人が斧を構えこちらに向かって来た。

触れられる事は無い…触れられる事は無い…

そう念じたものの、斧を持った老人が向かってくる経験など初めての事であり、老人が斧を振りかぶった瞬間、咄嗟に両手を突き出してしまった。

そしてその衝撃で後ろにドサリと倒れる老人。

「あれ……今触った……?」

間違い無い。

確かに私は今、この老人を両手で突き飛ばし、結果、今その人は倒れている。

まさかこの人が…

「母さん……?」

「母さん……母さん!!!!」

思わず倒れている、老人に抱きついた。

初めて人に触れた瞬間だ。

私が、願い続けて来たものが今まさに叶うときが来たのだ。“人の温もり”を感じたいという願いが。

その嬉しさからか抱きついた瞬間、思わず声に出してしまう。

「これが…人の温も」

 

クサッッッッッッッッ!!!!!!

なんだこれ!!!!クッサ!!!!!!

鼻をつんざく強烈な臭いに驚き飛び退いてしまった。

 

臭すぎだろ!!!!!!!

こいつ悪臭を司る妖怪なのかよ!!!!!

悪臭ズファムかっつうの〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!

 

(ここで手記は途絶えている)

 

 

その後、とある男の死体が山で見付かったそうである。

鼻に大量のバスロマンが詰められ、ファブリーズで蓋されており、傍らに置かれた遺書には、

「母がこの世の全ての悪臭を司る妖怪でした」とだけ書かれていたらしい。

尚、その死体は何故か素通りされており、今も尚放置された状態であるらしい。